ジャスミンのチャネラーになるまでの道のりのり

どもどもーチャネリングセラピストのジャスミンさんでございます。

自己紹介にも書きましたが、自分がこんな風にチャネリングセラピストになるまでの道のりをちょっと詳しく書いていこうかなって思います。

どんな風にパワーストーンと出会って、どんな風にこのちょっと不思議で楽しい世界に入っていったのか。

楽しい話ではありません。むしろ暗くて、情けなくて、ヒロインぶってんじゃねぇよって思われるかもしれない。

でも、私は私をもう偽らないと決めたので、書こうと思います。

同じ気持ちでいるかもしれない誰かの助けになれる人間になりたいので。

 

ぼちぼち投稿にはなりますが、どうぞお付き合いくださいませ(*^_^*)

 

さってさって、ジャスミンは今現在はパワーストーンのチャネリングやら、

財布としゃべるやら(笑)人のハイヤーセルフと爆笑するやら、

怪しさ街道まっしぐらな生活を送っておるわけですが。

3年前まではそこらへ~~~んにコロンっと転がっている、

どこにでもいる普通の人でした。(多分・汗

ちょっと人付き合いがドヘタクソだったり、

ものすごく頑固で、やらねーーー!!と決めたらてこでも動かなかったりと、

我の道をすすむぜ!!って心持ちはありつつも、周りに流されたりと、

本当にどこにでもいる人でした。

 

ちょっと趣味がヴァンパイアが大好きすぎてぶっ飛んでたり、

人がやらないことを唐突にやらかしてみたり(^_^;)

そんな困ったところはありましたが、

まーーーーーーったくスピリチュアルとか霊感とか無縁の世界におりました。

(今も幽霊はみえません!!)

でも、いつも心にあったのは、

どうしてもこの世界に馴染みきれない自分への嫌悪と周囲への罪悪感。

なにがどうしてこんな気持を抱いていたのか、理由はわかりません。

今でもわかりません。

でもいつも生きにくさを感じていました。

自分を理解してくれる人はどこにもいない。

自分を心から大切に愛してくれる人もいなくなってしまった。

そう思っていました。

 

私は母親を18歳で病気でなくしました。

なので、今も神も仏も信じきることができません。

信心が薄いと自己紹介で書いた理由はこれです。

母が生きている間も生きにくさは有りました。

でも、帰る場所がある、そう思っていました。

 

でも、母が亡くなって自分が本当に安心できる場所はなくなったのだと

母がなくなってからの4年間で思い知りました。

今も帰れるって思える、心から安心出来る場所って少ないです。

でも、3年前の私にはそんな場所0でした。

本当に苦しかったです。

真っ暗闇の中にいるみたいでした。

現実を見たくなかった、

依存して楽な場所にいるのがその時に出来る私の精一杯だったのかも、と

今の私なら思います。

当時の自分は、常に自分のことを責め続けていました。

私が悪い。

私がダメだからしょうがない。

私にはこのくらいでちょうどいい。高望みなんてできるわけがない。

私には価値がない、だから大事にされなくて当たり前なんだ。

そんな風に思う日もありました。

 

でもずーーーっとずーーーーっと、

理不尽だ、こんなの私の、私という人間がいる意味が無い!

こんなのロボットとかわらない!

そんな風に叫んでる自分が奥の方にいました。

 

なんでこんなに自分に自信が持てないのか、

今は少しわかります。

自分が悪いもいいもない。

それもわかります。

今も自分のことを責めたり、

良い悪いで世界を決めようとしたり、

これまでに出来上がった価値観や、常識と呼ばれる怪物から逃れられない時もいっぱいあります。

 

でも、3年前の自分にはなかったものがたくさんあります。

両親が私を本当に大切に思ってくれてたんだってやっとわかることができた思い出。

何よりも、生きる、それをその生命全てで向きあわせてくれた最愛の娘。

娘が連れてきてくれた、私を、そのままの私を大好きだと言ってくれる友達。

 

娘が生まれて、パワーストーンに出会って、そこからスピリチュアルと呼ばれる世界に足を踏み入れなければ

今の自分はまず間違いなく、いなかったと思います。

出会いは全て必然で、不必要でないものなんて何一つないと思います。

悪い出来事、問題だと思っている出来事、

その全ては見方を変えれば最高のギフトです。

それに気づくまでの道のりをちょっとづつ書いていこうと思います。

 

今日はこのへんで(*^_^*)